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BRAND ブランド

強さも、美しさも、
妥協しない。

「強さ」の定義が変わりつつある

お互いの個性を認め合い、共に前進する力
困難な状況を、笑いとばす力

このしなやかな強さを内に秘めながら
じぶんの人生を熱烈に生きる人を、
STAR OF THE COLOR は想う

その強さは、孤高でありながら自信となり
美しい輝きが、その人を纏う
その瞬間に、私たちは、その人とその肌と共にありたい

メイクアップは、隠すためでなく
あなただけが内包する、魅力と個性を
引き出すためにあるのだから

HISTORY 歴史

誕生

STAR OF THE COLOR のファンデーションが誕生したのは1975年。当時、ハリウッドのトップメイクアップアーティストとして活躍していたウィリアム・タトルの長年の経験と独自の研究から生まれる。このファンデーションの特長は、女優たちの肌をいたわりながら、長時間の撮影に耐えられること。汗や水に強くアクションシーンの多いハリウッドでも崩れにくく、あらゆる人種の肌色を表現できること。そして、つけ心地よく素肌のようなナチュラルな仕上がり。大スクリーンに映し出される女優たちの肌を美しく創り上げるファンデーションとして開発された。

一般向け販売は、世界で日本だけ

日本人で初めてエミー賞を受賞した、ハリウッドのメイクアップアーティスト、カオリ・ナラターナーは、撮影現場はもちろん、プライベートでも愛用するほどこのファンデーションに惚れ込み、「ぜひ日本の女性たちにも使ってもらいもっともっと美しくなってほしい」とプロデュースを名乗り出る。2003年、その熱意が実を結び、世界で唯一、日本だけがSTAR OF THE COLORを発売できることに。現在もなお、一般向けに販売されているのは、世界で日本とごく一部のみ。ハリウッドのあるアメリカですら入手困難な状況が続いている。

ファンデーション=スターオブザカラーへ

2人のトップメイクアップアーティストによるコラボレーションから生まれたSTAR OF THE COLOR。開発から45年以上が経った今も、プロからの信頼は厚く、ハリウッドでは8割以上のメイクアップアーティストが使うスタンダードコスメになっている。

カオリ・ナラ・ターナー 日本人初、エミー賞受賞のメイクアップアーティスト

1933年、東京生まれ。6歳で日本舞踊、7歳でタップダンスを始め12歳でプロデビュー。20歳でソロダンサーとなり、テレビや映画にも出演するなど幅広く活躍。一方で日本文化使節団の一員となり、各国を訪問する。1965年メイクアップアーティスト、ビル・ターナー氏と運命的な出会いを果たし結婚。結婚後もダンサーとして活躍するが、1971年膝の靭帯を痛め、ダンサーの道を断念する。その後、夫ビル・ターナー氏の仕事を手伝いメイクアップの素晴らしさに目覚め、1978年に日本人初のメイクアップユニオンの正会員となる。1983年映画「フラッシュ・ダンス」においてダンサーのボディメイクを担当し一躍脚光を浴びる。「ゴースト・バスターズ」「ライジング・サン」など超大作や話題作に積極的に参加。その後も「ラストサムライ」「キル・ビル」「チャーリーズ・エンジェル」「アメリカン・ビューティー」「パイレーツ・オブ・カリビアン」などのハリウッド映画に加え、「アリー・myラブ」などテレビドラマでも活躍。2003年9月、人気テレビドラマ「エイリアス」のメイクが高く評価され、日本人初のエミー賞を受賞。2003年11月、STAR OF THE COLORのプロデュース開始。80歳後半になった現在は、ボランティア活動に力を入れるとともに、講演などを通しメイクアップの素晴らしさを伝道し続けている。

カオリ・ナラターナー

日本の女性が100歳になっても輝けるメイクアップを目指して。

日本の皆さまにこのプロダクトをご紹介できることは、私にとって夢のような出来事です。それというのも、このプロダクトは数十年ハリウッドで愛用されているにも関わらず、その間一度も一般用として発売されたことがない「幻のコスメティック」だったから。その素晴らしさはハリウッドセレブの間でも注目を集めていましたが、全米のどこの店頭にも置かれていないため、一般の方々は今も入手困難な状況が続いていました。 私は、このプロダクトを現場でもプライベートでも長年愛用しておりますが、なんと言っても素晴らしいのは少量でも驚くほど伸びがよく、薄塗りなのに肌をカバーして、時間が経つほどに肌になじんでくるということです。この他に類を見ない素晴らしいコスメを通して、ベースメイクの大切さや個性を際立たせる方法など、最新のハリウッドメイクテクニックのすべてを日本の皆さまにご紹介していきたいと考えています。また、メイクアップは、表面的な美しさだけでなく、心の内側も輝かせるもの。そんな想いもご理解いただければうれしく思います。 そして、日本の女性が、100歳を超えても女性としての輝きを失わず、笑顔でいられるメイクアップを目指して、これからも精一杯の活動を続けてまいります。

ウィリアム・タトル オスカー受賞 スターオブザカラー開発者

1911年、フロリダ州ジャクソンシティに生まれる。18歳でハリウッドに移り住み、スタジオの呼び出し係から俳優の似顔絵のアートディレクターを経て、メイクアップの仕事に就く。1950年、MGM撮影所のメイクアップのヘッドとなり、20年以上にわたり第一線で活躍。ハリウッドのメイクアップシーンには欠かせない存在となる。手がけた作品は数知れず、オードリー・ヘップバーン、エリザベス・テイラー、グレース・ケリーなどハリウッドのトップスターの専属メイクアップアーティストとして君臨。1965年、映画産業に数々の貢献をしたとしてアカデミー特別賞(オスカー賞)を受賞。1975年、長年の経験と独自の研究からオリジナルファンデーションSTAR OF THE COLOR(ハリウッドでは別名)を開発。今なおハリウッドのメイクアップアーティストのほとんどが使う幻のコスメとなる。その後は南カリフォルニア大学(USC)の映画・テレビ学部の助教授を勤めるほか、UCLAでも教鞭を執り、新聞・業界紙などに寄稿していたが、2007年7月、老衰により95歳の人生に幕を閉じる。

ウィリアム・タトル